会 記

掛軸 碌々斎筆一行 天晴日頭出 惺斎箱
花入 小原籠
香合 鶴岡八幡宮神木 即中斎在判箱
   白紙釜敷シキテ  吉兵衛作
釜  真形 切合セ 道爺作
 風炉 唐銅朝鮮 浄元作 即中斎箱
風炉先屏風 即中斎好 銀砂子腰 在判箱 吉兵衛作
棚  松ノ木摺漆長板
水指 細 朝鮮唐津 即中斎在判箱 太郎右衛門作
茶器 壷形 銘 猩々 惺斎直書箱 慶入作
茶碗 御本 惺斎箱
 替 井戸脇 銘 閑坐 即中斎箱
茶杓 即中斎作 銘 祭太鼓 共筒箱
 建水 溜曲 惺斎在判箱 濃尾養老辺リノ竹ヲ得テ
 蓋置 染付 三宝 明時代
菓子器 碌々斎好 大菱盆 在判箱 一閑作
 莨盆 惺斎好 松ノ木鯨手糸巻 在判箱 利斎作
 火入 染付 宝尽ノ絵 無適斎箱 妙全作
 莨入 独楽 即中斎在判箱 宗哲作
 煙管 吸江斎好 筋 浄益作
                           以上

 茶会の主題(テーマ)の一つは神嘗祭(かんなめさい=収穫祭)です。この茶会の翌週には、本殿でも神嘗祭が行われます。いくつかの道具には、収穫やお供え、奉納を喚起させる形や銘のあるものを選びました。

 また、もう一つ重要な主題として「名残(なごり)」があります。毎年五月に摘まれる茶葉は、碾茶(てんちゃ=茶葉によりをかけずに開いたまま、乾燥させた茶葉)にして茶壺に詰め、十一月の炉開きの頃には熟成され、石臼で挽いて抹茶となり、「口切(くちきり)」と称して使い始め、翌年の十月に使い終えました。よって、茶家にとって十一月が一年の始まりとも言え、それに対する十月は一年の終わり、そして陰陽説では陰の極まる最も侘びた名残の季節です。

 久田尋牛斎宗匠の著書には、この名残の時季について、「初冬が迫り、秋の終わりの静かなひと時が訪れる。野山は錦に彩られつつ朝夕の冷気はつのってくる。自然の凋落(ちょうらく)は人の心をいささか感傷的にもする。茶の湯に客を招くと、茶壺の底に残る古茶も少なくなった。名残の茶のころは、こうした心持ちで渋い味わいの道具を集め、時にひびわれの焼物、銘無しの道具、風炉中置のかまえで、炭火を客に近づける。名残の茶の枯淡で静かな気分を支えるのに、古来、一閑張のもつ味わいは一段とふさわしい」という一節があります。(久田宗也著 『重春 四季の茶心』 美術書出版 株式会社芸艸堂発行より125頁抜粋)

 文中にある、「ひびわれの焼物」、「銘無しの道具」、「一閑張のもつ味わい」などは、奇しくも今回の道具組と合致するところとなりました。また、「風炉中置のかまえ」は今回の長板一ツ飾の設(しつら)えと共通するところです。

 以下の横書きの文字をそれぞれ左クリックして頂きますと、道具の画像と詳細がご覧頂けます。

 ちなみに、碌々斎(ろくろくさい)とは表千家十一代家元(1837-1910)、惺斎(せいさい)とは十二代家元(1863-1937)、即中斎(そくちゅうさい)とは十三代家元(1901-1979)、而妙斎(じみょうさい)とは十四代家元(当代1938-)です。



掛軸  碌々斎筆 一行 天晴日頭出 惺斎箱

花入  小原籠

香合  鶴岡八幡宮神木 即中斎在判箱

  白紙釜敷シキテ         吉兵衛作

釜 真形 切合セ 道爺作

 風炉 唐銅朝鮮 浄元作 即中斎箱
 
風炉先屏風 即中斎好 銀砂子腰 在判箱 吉兵衛作

棚 松木摺漆長板

水指  細 朝鮮唐津 即中斎在判箱 太郎右衛門作

茶器 壷形 銘 猩々 惺斎直書箱 慶入作

茶碗  御本 惺斎箱

替   井戸脇 銘 閑坐 即中斎箱

替  蕎麦、三嶋、粉引

茶杓  即中斎作 銘祭太鼓 共筒箱

 建水 溜曲 惺斎在判箱 濃尾養老辺ノ竹ヲ得テ

 蓋置 染付 三宝 明時代

菓子器 碌々斎好 大菱盆 在判箱 一閑作

莨盆 惺斎好 松ノ木鯨手糸巻 在判箱 利斎作

  火入 染付 宝尽ノ絵 無適斎箱 妙全作

 莨入 独楽 即中斎在判箱 宗哲作

 煙管 吸江斎好 筋 浄益作              以上

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