棚 惺斎好 柳ノ木 小卓 在判箱 小兵衛作
(たな せいさいこのみ やなぎのき こじょく ざいはんはこ こへい さく)




左上は棚の天板裏に書かれている惺斎宗匠の花押(棚をひっくり返して撮影)、右上は地板裏に押されている一瀬(いちのせ)小兵衛の印(棚をひっくり返して撮影)です。

小卓は主に風炉の時期に用いられる小棚の一つで、本歌は裏千家四代目の仙叟(せんそう)が、兄であり表千家四代目の江岑宗左(こうしん そうさ)に、床の間の飾り棚として贈った桑の木のものと言われています。

最初は床の間に据えて、香炉や花入を飾るためのものであった棚を、表千家七代目の如心斎(じょしんさい)が初めて点前に用いたため、桑小卓は如心斎好みとして伝わっており、その後、桐木地の吸江斎好み、春慶塗の惺斎好みが作られるようになり、惺斎はこの柳の木のものも同じく好みとしているわけです。

小卓は初風炉の頃から初夏頃(6月)までが相応しいかと思います。夏(7月過ぎ)になりますと、釣瓶や平水指などが涼感を呼び、また9月は長板や竹台子の一つ飾、10月は大板や中置といったように、秋風が吹くようになると火を客座寄りに近づける点前が良いでしょう。

今回の茶会では点前の最後に、天板上に柄杓と蓋置を、丸卓に飾るように置き残します(他に、左側の前後の柱の間に柄杓を立てかけ、蓋置を地板に置く飾り方などもあります)。



箱蓋裏
「十ノ内 柳ノ木小卓 惺斎 壬戌年 山口笠庵 庭中ノ古木ヲ以テ 好ミ

(じゅうのうち やなぎのき こじょく せいさい みずのえいぬどし やまぐち りゅうあん ていちゅうの こぼくを もって このみ)

惺斎宗匠の箱書で、壬戌年(大正十一年=1922年、関東大震災の前年)に山口笠庵(やまぐち りゅうあん)氏(*後述)の庭にあった柳の古木で、10個作られたうちの一つ。これを惺斎好みとしています。

10個しか作られませんでしたので、珍しい棚と言えます。

山口笠庵(1863〜1937)は本名を山口玄洞(げんどう)といい、実業家として財を成した後、惺斎宗匠に師事するとともに後援者となった人物です。笠庵はお茶をする時の雅号と思われます。

古くより中国では、しだれ柳の種子が風に乗って散りゆく様が漢詩に詠み込まれ、五月頃の風物詩となっています。

また植栽木として、川や池、水辺や水路沿い、井戸端に植えられ、水害防止にも用いられました。これは柳が湿潤を好み、強靭でよく張る根を持つことに由来します。

柳の枝を生糸で編んで作る柳筥(やないばこ)は神道において重要な神具で、奈良時代から皇室や神社で用いられています。今年は天皇陛下の譲位と皇太子様の新天皇即位の年です。

以下のURLもご参照下さい。

https://ja.wikipedia.org/wiki/山口玄洞

http://www.omotesenke.jp/chanoyu/7_1_20c.html

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